枯野火打「テンペスト」

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ずんずん。胸の奥底が重たく沈んで、指先が冷たく凍りついて、動けない。抵抗できない。窓の外では風が吹きすさび、バッハの肖像画が揺れ、ベートーヴェンの肖像画が不穏な音を立てる。運命の転変を予兆させる暗く緊張に満ちた一音。でも吹き荒れる風が楽譜から音符を奪っていく。だからこの古く粗末な音楽室に残されたのは沈黙だけだった。暗く、不穏で、緊張に満ちた沈黙。
「いつもそうだよね」
静寂を破ったのは彼女だった。
「都合が悪くなると黙りこむ。いっつもそう。ユキのときだって――」
わたしはなにもいわず、左頬を押さえる。さっき彼女にぶたれたばかりで、熱く、口のなかは微かに血の味がする。わたしを責め立てる彼女の声を聞きながら、床をじっと見つめていた。高度成長期に建てられたという旧校舎は壁も床もぼろぼろだった。立ち入り禁止のこの場所でわたしと彼女は何度も体を重ねた。彼女とだけじゃない。ユキや、彼女の知らないほかの女の子たちとも。そのたびに床は軋んだ。こんなことを繰り返していると、いつか床が割れて怪我をしてしまうかもしれない。それでもよかった。落ちて、そのまま死んでも、それはそれでかまわない。でも。
「断ってよ。断ればいいじゃない。なんで断らないのよ」
なんどとなく聞いた言葉だった。ほかの女の子たちから誘われるとわたしは断らなかった。小学校高学年のころから、わたしは自分のなかに、ある種の女性を惹きつける何かがあるのだと知った。それを教えてくれたのは当時の担任(もちろん女性)だった。魔性、と担任は言った気がする。よくわからなかったけれど求められるのは悪い気はしなかった。
「聞いてる!?」
彼女が声を荒げ、わたしは顔を上げた。彼女を見つめる。彼女の耳が赤く染まるのが暗い室内でもわかった。彼女がわたしの制服に手をのばした。
この学校で何人もの女の子と体を重ねた。でも、もし古い床が割れて、落ちて死ぬのなら、彼女と一緒がよかった。そう思えるのは彼女だけだった。だからもっと強く、もっと激しく、わたしを蹂躙して欲しい。そのためならわたしはまた何度でもほかの女の子と体を重ねるだろう。
床が軋んだ。暗く、緊張に満ちた音だった。

参考 枯野火打作者自サイト
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