枯野火打「砂漠の夜のシャーベット」

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――この椅子は使用禁止です。
図書室の椅子に貼られたシールが脳裏に浮かんだ。「covid-19による感染予防のため、間隔をあけて椅子に座ること」。学校から生徒会に通達があり、生徒会から図書委員会にシールが配られた。今年の春の話だ。図書委員たち総出で椅子にシールを貼り、なんとも言えない気持ちで図書室を見回した。見慣れた場所が、近しかったはずの景色が、どこか遠く、寒々しいようだった。
「どうしたの?」
詩亜がわたしの顔をのぞきこむようにして言った。おなじ図書委員でクラスメート。そして、恋人。
なんでもない。そう口にしようとして、
「アイス食べたくない?」
言い直した。
「あー、食べたいかも」
運動したあとだから暑いよね。そうふたりして笑い合う。ベッドのなかでわたしたちの肌は上気して、シーツにはまだ熱が残っている。
食べたいアイスのことを話しながらわたしは椅子のことを考えていた。詩亜に抱かれながら脳裏に浮かんだのは図書室の椅子だった。「使用禁止」のシールが貼られ、薄暗がりに沈むいくつもの椅子たちだった。
詩亜に好かれるのは嬉しい。告白されたときも悪い気はしなかった。でも、わたしが彼女を好きなのかはわからない。彼女がわたしに寄せてくれる好意のお返しとして、わたしは彼女と付き合っているのかもしれない。
だから、きっと、わたしのなかに「使用禁止」と貼られた椅子が置かれている。わたしと詩亜のあいだに。詩亜には気づかれないように。
「シャーベット食べたいね」
楽しそうに詩亜が話し、「古代ローマ人は砂漠の寒暖差を利用してシャーベットのようなものをつくっていたらしいよ」とわたしはいつか本で読んだ内容を話す。
わたしたちはもうすぐ出かけるだろう。コートを着て、コンビニまでアイスを買いに行く。アイスは砂漠の夜のように冷たく、甘さを感じない。冷たすぎて味がしない。
わたしはそのアイスを口に含んだまま、溶けるのを待つだろう。わたしにもたれかかる詩亜のぬくもりを感じながら。

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