「マスターさん! 失恋したので慰めてください!」
『カラランッ』
喫茶店の、閉店時間ギリギリ。
お店のベルが鳴るのと、あたしの声が店内に響いたのは、ほぼ同時。
「いらっしゃい、トモちゃん。また失恋?」
ここはあたしお気に入りの喫茶店で、そこのマスターさんはキレイな女の人。
そんなマスターさんは、カップを拭きながら喫茶店の入り口に立つあたしを振り返った。
「も~! 『また』とか言わないでくださいよ~!」
「あっ、ごめんごめん。まぁまぁ、そこに座って?」
マスターさんは、マスターさんに一番近いカウンター席をあたしに勧めてくれる。
あたしは椅子に座って、テーブルにベタッと突っ伏した。
「『トモちゃんは子供っぽい』って言われた!」
「あ~……わかる」
「マスターさんヒドイ!」
手早くコーヒーを用意したマスターさんは、クスクスと笑っている。
「だってトモちゃん、高校生にしては子供っぽいんだもの」
「傷ついた! あたし、すっごく傷ついた~!」
「あら、ごめんね? ……はい、コーヒー」
マスターさんの用意してくれたコーヒーを見て、あたしは顔を上げた。
カップに手を添えたあたしに、マスターさんは笑みを向ける。
「それにしても、トモちゃん。振られたら毎回ここに来るわよね? ……もしかして、私がコーヒーをサービスしてるから?」
「そう思われるんなら、サービスのコーヒー飲まないです」
「嘘よ、嘘。冗談」
あたしがカップを指で押し戻すと、マスターさんは両手で押し返す。
「大丈夫。私と違って、トモちゃんにはいつか、素敵な恋人ができるわよ。だから、元気出してね?」
温かい手が、あたしの頭を撫でた。
失恋をしたらあたしは毎回、この喫茶店に来る。
それは、マスターさんがコーヒーをサービスしてくれるからじゃない。
「……泣きそう」
優しい手のひらが、あたしの涙腺をゆるませた。
失恋をしたら、マスターさんはあたしの頭を撫でてくれる。
だからあたしは、失恋したフリを繰り返すんだ。