えいな「タピオカ飲んでもいいすかね」

学校と家のちょうど中間地点にあるそのショッピングモールは、2階がフードコートになっている。奥の方にあるクレープ屋の前の席が私の定位置だ。テーブルの上が汚れていないか確かめると、ぐでっとそこに突っ伏した。
仲の良い友達はみんな進学組。塾にも行ってない私は3年生になっていよいよ行き場を失ってしまった。でも一人の放課後も案外悪くない。こうしてぼんやりして過ごしているのもいいものだ。先週からバイトも始めたので、それなりにメリハリは出てきたし。バイトがない火曜日と木曜日、ここで過ごすこの時間、この場にいる人達はだいたいお馴染みの面々だった。
アイスを食べさせ合う他校のカップル、ノートPCをすごい速さで打っているサラリーマン、その傍らではよれよれの服を着たおじいさんが無料のお水をチビチビ飲んでいる。ここには色んな人の色んな時間があるなと思う。
視界の端に見慣れない人影を捉えた。グレーのトレーナーにデニム。どこにでもいそうな、地味な感じの女の人。
その人は私の隣のテーブルまで来ると、食料品が大量に入ったエコバッグをドサッと置いて、ふぅと息をつきながら椅子に座った。と思ったら、それと同時にエコバッグがぐらりと揺れた。中身があふれ出して真っ赤な林檎が一つ、バッグから滑り落ちていく。私は思わず身を乗り出し、林檎が床に落ちる直前でなんとかキャッチした。
「あっ!ごめんなさい、ありがとう」
「いえ……」
目が合った。
黒縁の眼鏡の奥の瞳は切れ長の一重瞼で、長い睫毛がフロアの明かりをはね返している。
ああっと大きな声を出してしまいそうになった。
先週始めたばかりのカラオケ屋のバイト。そこで私は彼女に会ったのだ。今よりもずっとちゃんと化粧をして、綺麗な色のカーディガンを着ていたこのひとに。
その時彼女が一緒にいたのは、私の同級生の父親だった。部屋にドリンクを持って行った時に、二人の顔が異様に近かったことを思い出す。同級生の父親の方はかなり動揺していたが、彼女は落ち着いて、今みたいに妖艶な微笑みを私に返していた。
今日の彼女の左手の薬指にはあの日なかった指輪が嵌められている。
「どうかしました?」
林檎をバッグにしまいながら彼女が問うてくる。私が何も答えられないでいると、そうだわと呟いて、それからにっこりと笑った。
「ねえ、もしよければ林檎をキャッチしてくれたお礼に、コーヒーでもご馳走させてくれない?」
いけないと思った。この人に近付いてはいけないと。それでも強烈に惹かれているのを自覚する。受験勉強もなく、3年生の秋をぼんやり過ごすのに、その刺激はたまらなく魅力的だった。口をついて言葉が出てくる。
「コーヒー、苦手なんですよ。だから、タピオカ飲んでもいいすかね」

参考 えいな作者pixiv
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