春野こはる「トップノートは君の香」

「お腹のところにふるの。そうすると、制服の下に香りが隠れるでしょう」
ぺたんこのお腹をぽん、と叩いて、彼女はコロコロと笑ってみせた。

香水を買ったのだという彼女はこっそりとそれを自身に振りまいて登校していた。一見気が付かないのだが、隣に並ぶと、ふとその香りに気が付く。私は、彼女の隣に並ぶことが多いので、その香りが鼻孔をくすぐる機会が人一倍多かった。
肩のラインで切り揃えた濡れ羽色の髪が、彼女の笑い声に合わせて揺れる。彼女は私の手首を掴んで、
「ねえ、大丈夫よ」
「やっぱり、気付かれちゃうよ。それに……」
もごもごと言いよどむ私の顔を見て、彼女は小首を傾げた。
私の手首とともに握りこんだ彼女の手のひらには、香水の小瓶が隠れていた。毎朝彼女が振りまいている、秋の花の香りを沈めた小瓶。彼女は、どうしても私にそれを振りまきたいのだと言った。
「だって、あなたと同じ香りがすると、あたしが嬉しいじゃない!」
まあるい瞳をぱちくりと瞬かせ、彼女はさも当然のように言い放った。私の口角がひくつく。
香水の使用は校則違反だ。見つかったら先生に首根っこを掴まれて、こっぴどく叱られてしまうだろう。想像するだけで私の身は猫のようにぎゅうと縮こまってしまう。
……それに。私はジッと彼女を見下ろす。
艶やかな黒髪。まあるい瞳。膨らみを帯びた白い肌。秋の花の香りは、可憐な彼女にふさわしいこそすれ私には似合わないであろう。彼女の体から、自身の体へと視線をずらす。ひょろりと長い手足。焼けた小麦色の肌。紫外線で傷み、色素が抜けてぱさついた毛先。女というよりも、少年のようなこの体に、甘い花の――彼女の香りをまとうのは、ひどく恥ずかしく思えたのだ。
視線を逸らすと、彼女はしめたと言わんばかりに目を輝かせて私のセーラー服の裾を掴んだ。「ぎゃあ!」思わず色気のない悲鳴をあげる。彼女は喉奥で笑いながら私の服をめくりあげ、薄い腹にゆっくりと手のひらを這わせる。
「君の隣に並ぶのは、あたしだけよ! あたし以外はこの香りに気付かないんだから」
だから、大丈夫!
彼女は桜色のくちびるをいたずらっこのように歪めて、香水の小瓶を私の腹に押し付けた。

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