会いたいけど会いたくなかった。
だって咳をしてるし鼻はずるずるだし、話したくても声がうまく出せないし。
『風邪をひいちゃった』と連絡する以上は『お見舞いにいきましょうか』という言葉を期待してしまうし。
その癖その言葉を引き出せたところで『あぁ、言わせちゃった』って思うだろうし。
だからいい。いい。いいんだ。
わたしは実乃李(みのり)ちゃんに何かしてもらおうなんて思ってない。
ただ見てるだけで幸せって思うことにしてるんだ。
と、思っていたのだけど。
「なんで言ってくれなかったんですか?」
そうしたら、あなたを好きだってことがばれちゃうでしょ。
……などと言うこともできず、わたしは実乃李ちゃんを見上げる。
つまりわたしは、実乃李ちゃんに言えないことばかりなのだ。
それは、さっきからままならない呼吸よりも、もっと辛い。
「つらいです」
だけど、実際に『つらい』と口にしたのは実乃李ちゃんの方だった。
ただのバイトの先輩と後輩なのに、こんなことを言われたら、バカなわたしはつい期待してしまうから、やめてほしい。
「期待して、待ってたんです」
話が見えなくなってきた。一体彼女は何を期待していたのか。
「バイト中にスマホ、二十回は見ました。
私から連絡したら、先輩はきっと『うつすからいいよ』って言うだろうから。
だから今日休んだ理由、先輩から言ってくれるの、待ってたんです。
そしたらいきなり押しかけようって」
「……よくそんなに見られたね」
「それくらい待ってたんです。でも来なかったから。勝手に来ました」
そこまで言うと、実乃李ちゃんは、エコバッグをテーブルに置く。
そこからは、風邪を引いた人間に適していそうな食べ物がのぞいている。
「今日帰らないので。意味、わかりますか?」
わかりません。期待してもいいんでしょうか。
この期に及んで臆病なわたしは返事に迷い、しばらくしてやっと『わからないけど嬉しい』と言おうとした。
だけどその瞬間、わたしの唇はふさがれる。実乃李ちゃんの唇に。
「これでもう、うつる時はうつりますから。いいですね?」
もしかして、期待してもいいんでしょうか。
わたしは勇気を出して手を伸ばす。
すると実乃李ちゃんは、むすっと不満そうに、でもぎゅっと手を握って受け入れてくれるから、可愛いなと思った。
