新條にいな「嘘に汚れる」

私は先生に、きれいに洗ってもらえる存在になりたかった。

初めて先生とお話ししたとき、私は先生の手を見ていた。
先生の、理科の実験器具を洗いながら、水に濡れて泡にまみれていく、白い指を見ていた。
先生の手は淡白なようで優しく、愛情をもっているように見えた。
だから私も、いつかこの手に洗ってもらいたいと思うようになったのだ。

『美人だけど、愛想がない』

先生はそんな風に言われていて、だけど私には都合よかった。
先生への想いを自覚した私は、従順で弱く、素直な生徒を演じるようになる。
そんな私を、先生はそのうち必ず受け入れてくれるようになった。
先生は冷たいふりをしているけれど、困っている何かを見過ごすことができないからだ。

だからある雨の日、足を滑らせて階段から落ちてしまった私は『チャンスだ』と思った。
私はタイツが破れた足を引きずって、とっくに突き止めていた先生の家まで行く。
それから

“おかしな人に追いかけられています”

と嘘をついた。
本当の『おかしな人』は私で、追われているのは先生の方だ。
だけど先生は私を受け入れた。
先生は優しいから、私を存在しないものから守ってくれた。

その後は嘘のつきどころだった。
私はありとあらゆる手段を使って先生の同情を誘い、誰よりも放っておけない存在になって、先生を手に入れた。
そして、あの器具みたいに、汚れては洗ってもらえる関係になったのだ。

「よく転ぶよね」

一緒にお風呂に入りながら、私の身体を洗ってくれながら、先生が困ったように笑う。

「そうなんです。私ドジだから。……すぐに汚れちゃう」

それを見て、私はまた新しい嘘をつく。
私は先生と初めてお話しした日からずっと、先生が洗っていた、あの実験器具になりたかった。
私は先生に、どこが汚れているのかを、身体の隅々まで確認されたい。
それから、洗浄液をかけられて、奥までブラシを何度も押し込まれて、全部きれいになるまで洗われたい。
だけど先生でも、見えない汚れは落とせないだろう。
私は先生のそばにいるために、いくらでも嘘をつく。
その度に、取り返しがつかなくなっていく。

「汚れてもいいよ。また洗ってあげるから」

私の爪先をお湯で洗い流しながら、先生が言った。
私は笑って、また愚鈍な女を演じる。
もし叶うなら、最初から洗う必要もないくらい無垢な女の子になって、先生に愛されたかった。

参考 新條にいな作者自サイト
作家コメント
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