「綺麗だね」
自転車を漕ぎながら理乃が言って、わたしは眉をひそめた。眼の前に広がるのは街路樹と仕事帰りの大人たち、家族連れ、そしてまっすぐに伸びた歩道。いつもの景色だった。変わったところなんてなにもない。高校3年間、ずっと、ほぼ毎日のように、部活が終わるとこの道を理乃とふたりで自転車を走らせた。互いの家が近所ということもあってわたしたちは入学後すぐ親しくなった。
なにが綺麗なの?
そう口に出す前に、
「花火」
理乃が付け加えた。背後で花火が打ち上がる音が聞こえた。そういえばさっきもこの音がしていた気がする。でも、花火大会の場所はわたしたちの家とは逆方向だった。振り向かない限り見えない。そして、理乃は一回も振り向いてない。
「見えてないじゃん。なに? 音だけ聞いて綺麗ってわかるの?」
「わかるよ」
はぁ?
ますます眉をひそめたわたしを見て、理乃が笑った。冗談なのか本気なのかわからない。
「最後の文化祭、成功するといいね」
わたしの戸惑いを気にすることなく、理乃が話題を変えた。わたしたち生物部にとって最後のイベントまで1ヶ月を切っていた。受験勉強の合間を縫い、夏休みも学校に出て頑張ってきた。
「うん! 絶対、成功させよう」
3年間。本当に楽しかった。あっという間だった。だから、思い出をたくさん残しておきたい。理乃とは別々の大学に進学する。わたしは自分の気持ちを彼女に打ち明けることなく、きっと、最後まで親友として彼女のそばにいる。
「ねえ、これが青春ってやつ?」
理乃がたずねる。
「うん。いい思い出でしょ」
ふたりで笑い合い、わたしたちは自転車を走らせた。背中越しに花火の音が聞こえた。見てないくせに「綺麗だったね」って理乃はまた言うだろう。思い出に変わり始めた夜の終わりに。平成最後の夏、わたしにとっては高校生活最後の夏に。ペダルを漕ぐ足に力を籠める。好きだよ。大好き。夏の夜を綺麗なままで終わらせるために、花火が散る。その音はやがて遠くなり、聞こえなくなった。
藍瀬青「彼女たちのすべて」
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