雁屋雪祢「右肩を濡らして」

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「あ」
と気が付いた頃には、もう降り出していた。
梅雨明けとは名ばかりで、四日前のニュースでやっていた『晴れ間が続く見込み』なんて言葉は信じちゃいけないらしい。私はついさっき出てきたばかりの校舎へと、鞄を頭に乗せながら逆戻り。私以外の生徒たちもきゃあきゃあと叫び声をあげながら、昇降口へと戻ってくる。或いは、駅まで猛ダッシュ。
折り畳み傘を常備しているきちんとした子たちが、私の横をどんどんとすり抜けて、傘の花を開いていく。一瞬にして鈍色へと変化した空によく映える、少女たちの鮮やかな花。
私は腕時計を見やり、あと十分、と呟いた。あと十分の我慢だ。
そしたらきっと、あの子が現れる。
「あーりか!」
ドサッ! と音を立てながら背後から抱きつかれ、私は大袈裟に「ぎゃ!」と声を上げた。振り向けば、同じクラスの実波がその特徴的な八重歯を見せながらにやにやと口角を上げていた。
予想よりも五分以上早い登場。その上、まさか抱きつかれるとは思ってなかったので、私は馬鹿みたいに心臓をうるさく鳴らしながら、いたずらっぽい笑みを浮かべる実波から視線を逸らした。
「まーた傘忘れたんでしょ」
顔が、近い。声がほとんど耳元で響いてくすぐったい。夏服の半袖から伸びる二の腕同士が触れ合って、少し湿っぽい。
高鳴る鼓動を悟られたくなくて、私はつい憎まれ口を叩いてしまう。
「正解。重いからどいて」
「先週痩せました~」
実波は唇を尖らせながらも、私に回していた腕を素直に外す。そして鞄の中をガサゴソと探りながら――相変わらずごちゃごちゃの、だけど色鮮やかで楽しそうな鞄の中――ピンクの折り畳み傘を取り出した。
「四次元ポケットか、その鞄は」
「誰かさんがしょっちゅう忘れ物するからね、なんでも入ってるのよ」
外の雨は本格的に強さを増してきた。実波は折り畳み傘の袋を鞄に雑に突っ込んで、ばさっと勢いよく傘を開く。派手な実波によく似合う、ビビッドなピンクが視界を覆う。
「ていうか鞄の中もうちょっと整理したら?」
「そんなこと言うなら入れてあげませーん」
「うそうそ、実波はなにもかもそのままでいい」
慌てる私の言葉に、実波はなにそれ、と目を細めて愉快そうに笑った。
そう、なにもかもそのままでいいのだ。本当は梅雨明けが寂しい。だってこうやって、実波と同じ傘に入れなくなってしまうから。本当は忘れっぽいんじゃなくて、わざと持ってきていない。実波と同じ傘に入りたいから。
すっかりと土砂降りになってしまった外に出て、私は今日も彼女の隣を歩く。言えない秘密を、雨に流しながら。

作家コメント
梅雨が明けてやってくる夏が待ち遠しいです
参考 雁屋雪祢作家Twitter
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