みかづき弥生「ずるいひと」

「私、最近『百合』にはまってるの」
久しぶりに会った沙織が、カフェラテを飲みながら言った。花のことではなく、女の子同士の恋愛を描いた「百合」のことらしい。
「普通の恋愛物もいいけど、百合もけっこうドキドキするの」
この作品がいい、あのマンガもおすすめだよ、と沙織は楽しそうに話している。でも、私の想いには気づいてないんだろうな、と心の中でため息をついた。

学生時代、沙織は恋人を作ろうとしない私に向かって、何度も不思議そうに言っていた。
「麻衣は賢くて美人でいい子なのに。私が男だったら放っとかないけどなあ」
それは私を舞い上がらせ、同時に暗闇のどん底にたたき落とす言葉だった。同性というだけで私は恋愛対象外なのだ、と宣告されたのと同じだから。

「百合ねえ。じゃあ、私が沙織のこと好きだって言ったらどうする?」
冗談のオブラートに包んで、私はたずねた。ずっと聞きたくて聞けなかったこと。それでもとても勇気が必要で、テーブルの下で手が震えた。
その言葉を聞いた瞬間、沙織の顔に戸惑いと怯えが浮かんだ。
「麻衣は賢い」と沙織は言うけれど、彼女の方こそ頭がいい。沙織はこの一瞬で、私がずっと恋人を作らなかった理由を理解したのだ。つい口にしてしまった質問を、私は死ぬほど後悔した。
「うーん。麻衣は美人だし仕事もできるし性格もいいし。私とは釣り合わないって萎縮しそう」
沙織は苦笑いで答えた。私を傷つけないように、慎重にやんわりと拒絶したのだ。
「もう、なに真面目に答えてるのよ。本気なわけないでしょ?」
ざっくりと傷口を開いた心から目をそらし、私は沙織のために笑い飛ばす。沙織もほっとしたように笑みを浮かべた。
「だよね。でも、麻衣はずっと私の大事な親友だよ」
沙織はずるい。親友だと釘を刺しながら、こんなにもあなたを好きな私を手放そうとしない。
でも、私も同じくらいずるくて欲深い。「親友」の立場にすがっても、沙織のそばから離れるつもりはないのだから。

作家コメント
学生時代のことを思い出しながら書きました。

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