あめやゆき「私の彦星さん」

「セイラ、見て、天の川! 今年は晴れて良かったね!」
 ミルキーウェイの名の通り、真っ白に流れる天の川から、部屋の中の恋人へと視線を移す。
「去年は曇り空だったもんね――っと、もうちょっと待っててね。これ終わったら、そっち行くから」
 答えるセイラの視線は、けれど私ではなく、テーブルの上のノートパソコンを向いていて、かちゃかちゃと、キーボードを叩く音が、二人きりの部屋に響く。
 私と仕事、どっちが大事なの――なんて寂しい気持ちもあるけれど、今日は特別な日だから、それは胸の中に押し込んで、私はおとなしく、セイラの横顔を見つめた。
 写真家として世界中を飛び回っている彼女と会えるのは、年に二回だけ。お正月と、七月七日の、七夕の日――私とセイラが初めて出会った、記念日だ。
『七夕が記念日なんて、ロマンチックだよね』
 付き合い始めた頃、半ば冗談のように決めた記念日。けれど彼女は今でも、その記念日を守ってくれている。今日みたいに、どんなに仕事が忙しくても、必ず帰ってきて、一緒に過ごしてくれている。
 そのことが、嬉しくて、幸せだと思う。――もちろん、一緒にいるのに離れているなんて、寂しいのに違いはないけれど……。
 そんな思いが届いたのか、セイラは不意に、こちらを向いて、微笑んだ。
 そうしておもむろにパソコンを閉じて、立ち上がる。
「おっけー。終わったよ。一緒に見よっか」
「うん! ……って、あれ、カメラは? いいの?」
 カメラも持たずに隣にやってきたセイラに、首を傾げる。
 セイラは主に、風景写真を撮る人だ。だから去年は、七夕の天の川が撮れなかったことを残念そうにしていたのに。
「ああ、うん。いいの。だって……」
 私の顔を見つめて、セイラは照れるように、頬を染めた。
「……だって、今日の私は、彦星だからね」
 ロマンチックを通り越して、どこかくさい台詞。
 一瞬ぽかんとした胸の中に、じわり、じわり、恥ずかしい気持ちとおかしな気持ちとが湧いてきて、思わず、吹き出してしまった。
「何それ、ふふ……さっきまで仕事してたくせに」
「あー……いや、うん、ごめん、忘れて……」
 自分で言ったくせに、耳まで真っ赤になりながら、セイラは顔をそらして、空を見上げた。
「綺麗だね、天の川」
 私も一緒に、空を見上げる。
「……うん。綺麗だね」
 雲一つない澄んだ夜空を、きらきら流れる、星の川、天の川。
 あの川に隔てられた二人も、今頃は、私たちのように、再会を喜んでいるのだろうか。今頃は、睦まじく過ごしているのだろうか。
「ねぇ、セイラ」
 私は、ふとセイラを振り向いた。大好きな顔が、「なあに」と、斜めに傾く。
 年に二回しか会えない彼女。いつもは画面越しでしか見えない彼女が、今夜は、すごく近くにいる。触れられる距離にいる。
 肩を寄せ合っているこの瞬間だからこそ、そのことを余計に意識してしまって、胸がぎゅっと、苦しくなってしまう。押し込めていた寂しさが、風船のように、お腹の中で膨らんでくる。
 ――もっと、一緒にいられたらいいのに。
 湧き上がる、今日の日までに降り積もっていた気持ち。
 だけど、それは私のわがままだ。
 どんなに寂しくたって、それは、言葉にしちゃいけないと思う。――だって、きっと彼女もまた、同じ気持ちのはずだから。
 だから私は、代わりに笑顔を作った。とびきりの、笑顔を作った。
「――愛してるよ、私の彦星さん」
 セイラは一瞬きょとんとして、それから、ふっと吹き出した。
「うん、私も。――愛してるよ、私の織姫さん」
 赤い顔で頷く恋人に、私の頬も、熱くなる。
 
 私たちは、天の川の中心でキスをした。
 
 大切な日に似合わない気持ちは、今だけは、忘れて。

参考 あめやゆき作者pixiv

コメントを残す