雁屋雪祢「だって敵わない」

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先生がこっそりと屋上で煙草を吸っているのを知っているのは、たぶんきっとあたしだけ。あたしは先生の煙草の煙がゆらゆら昇っていく様を、ただ黙って横で見てるだけ。
先生は内緒にしろとも言わなかったし、慌てることさえしなかった。屋上の扉の、やけに温まったドアノブを片手に突っ立ったままでいたあたしに、にやりと笑いかけたのだ。それが去年の夏休み明けの話。フェンスの向こう側の青空いっぱいに入道雲が広がっていた、風の生温い日だった。
秋の手前。あの日と同じかたちをした雲が流れていく。先生はフェンスにもたれかかりながら、あたしはその横で体育座りをしながら、ふたりしてぼんやりと校舎の向こうを眺めている。
「進路決まった?」
先生は今年の春に、細いメンソールを別の銘柄へと切り替えた。あたしは三年生になって、受験勉強に追われながらも、時々屋上への扉を開けた。先生の煙草を知っているのは、相変わらずあたしだけらしい。
あたしは紫煙をくゆらせる先生の質問に対して、曖昧に「んー」とだけ答えた。先生はあははと笑う。
「悩め悩め、そんな時間あるの今だけだから」
「先生はさ、教師になろうと思った時、悩んだ?」
今度はあたしが質問する番。先生は、どうだったかなぁ、と顎に手を当てて悩む素ぶりを見せる。「昔の話だからなぁ、忘れちゃった!」
先生は人気がある。美人だし、教えるの上手いし、おどけたり、ちょっと意地悪な冗談言ったりするような、生徒に対しての軽いノリがウケている。だからあたしは時々、焦ることがある。他にも先生を好きな人がいるかもしれないって。その人が、あたしより先に先生に告白するんじゃないかって。それが何の結果も残さない悩みだったとしても、あたしは頭を抱える。
「昔、って、先生あたしたちとそんなに歳変わらないじゃん」
「何言ってんの、大人と子供じゃあ全然違うんだよ」
厄介な恋をしてしまった、と思う。だって叶わないのだ。先生と生徒、七つは離れた年齢。その他にもたくさんの色んなことが、あたしと先生の間には挟まってぐちゃぐちゃになって、邪魔くさい。だけどそれらを退けることはできない。あたしはまだ、煙草も吸えない子供だからだ。
「ま、私みたいな大人になっちゃいけないよ」
ケラケラ笑いながら言う先生に、あたしはすっごく小さな声で「なりたいよ」と呟いた。先生は首を傾げたけれど、たぶん、聞きとれている。先生はズルい大人だから。あたしの進路だって知らないわけがないし、もしかしたら、あたしの気持ちだって分かってるんだろう。きっとあたしが好きって言っても、こんな感じで聞こえないフリしてしまうんだろう。
隠れて煙草を吸っているような、ズルい大人だから。

作家コメント
屋上に憧れがあります
参考 雁屋雪祢作者Twitter
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