雁屋雪祢「サテンの唇」

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だっていつもキラキラしているんだもの、自然と惹かれてしまうのは仕方のないことで。
朝七時三十二分、××駅行きの電車の中に、あの子は必ずいる。三両目、一番奥の席の前に立つ彼女は、私の通う高校よりも少しランクの高い女子校の制服に身を包み、静かに文庫本を読んでいる。
文字に視線を落とす睫毛は長く、頬に影を落としている。淡いコーラルのアイシャドウと、オレンジのチーク。サテン地のリボンのようなてかりのある唇。ゆるく巻かれたアッシュのロングヘア、下がり気味に引かれた茶色いアイライン。パーツのひとつひとつが完璧に限りなく近い。この作りものだらけの女子社会の中でも、彼女は確実に『かわいい』の部類に入る。
スカートの短さも、左耳に見えるピアスも、完璧なお化粧も、間違いなく、彼女の学校では校則違反に当たるだろう。
とにかく目立つ。目立つのだ。
誰しもが彼女に一度は目を向ける。だけど、私が彼女に惹かれている――目を離せなくなっている理由はそれだけじゃない。
誰もが携帯電話に夢中になる朝の電車の中で、彼女だけが、本を読んでいるのだ。
初めて見たときは思わず二度見した――失礼だが――あの見た目で、このご時世に、本。しかも、電車を降りるその瞬間まで、彼女は一度たりとも文字の羅列から目を離さない。
(なぁんて、ストーカーだよな、これ)
改札を出て、私は静かに溜息を吐く。ここ二ヶ月、彼女の存在に気が付いて以来、私は彼女を見つめることが日課になっていた。
せめて同じ高校だったら。同じ駅で降りるなら。同じ本を読んでいたら。たらればばかりが頭を駆け巡るが、だからといって、共通点が見つかったところで私はアクションなぞ起こせるのだろうか。
でも、名前だけでも知りたい。
このよく分からない気持ちだけが、ずっと頭の中を駆け巡っている。
「ねぇ」
もう一度溜息を吐いて、駅を出た瞬間だった。
肩を叩かれ、落し物でもしたのだろうか、と反射的に振り向いて――私は息を飲んだ。
「ここで降りてるってことは、○○校でしょ?」
あの子だった。彼女は、なんてことなく、ごく自然に――まるで朝食のメニューでも聞くような気軽さを持って――私に声をかけてきた。
「え、あ、うん」
混乱極めた私はそれしか返せなかった。だって、ほかになんて答えられよう。
あからさまに動揺する私に、彼女はすべて見透かしたように、そのサテンの唇をきゅっと上げて言う。
「ね、名前教えてよ。あたし、あたしをずっと見てくれてたアンタと仲良くなりたいの」
頷く以外の選択肢を失った私に向き合い、彼女はそこで初めて携帯電話を取り出したのだった。

参考 雁屋雪祢作者pixiv
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