玉置こさめ「かぐや姫」

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月光みたいに声が響く。
「観客もなしにできるわけないじゃん」
その人が放った言葉はそれきりで、スタジオの床に横たわり拗ねている。その人。みきりん。ウェンディ・モイラー・アンジェラ・ダーリングのボーカリスト。この人が唄わなければウェンディは成立しない。今日は無観客ライブの打ち合わせ。感染症が世に蔓延して私たちはライブができなくなってしまった。動画で演奏を流そうという指示が事務所から降りた。だから、今、スタジオにめいめい座って距離を置いて話してる。私は彼女たちが同じ高校の学生だったときからの同級生で、マネージャーを務めてる。スタジオの手配やチケット売りを手伝っているうちにそうなった。最初は、ただのクラスメイトだったけど。
「みきがやらないならやらなあい」
ギターのシズちゃんが笑う。
「そういうわけにいかないでしょ」
キーボードのリカさんが突っ込む。ドラムのエミは立ち上がる。
「そうそう、やろう。今やろう」
エミは髪をくくるとドラムセットの奥に収まり、その一部になる。スティックを回転させるとライド・シンバルを軽く叩いてバスドラ。え、え、え。今、鳴らすの? 
私はエミのドラムが好きだ。ぽうっとなってしまう。
「マネージャー、録画して。スマホでいいから」
リカさんが私に耳打ちする。そちらを見るともう背を向けて楽器に向ってる。鍵盤からメロディが生まれる。慌ててスマートフォンの録画モードを確かめて構える。
「ちょっと! ミキが映らないのに何で録るの?」
「映るんです、これから」
シズちゃんがやめさせようとする。私は未来をじっと見つめた。視線が絡む。
「唄いますよね」
「いつでもファン第一号みたいな顔してんじゃねえわよ。唄わないでいいよ、ミキ」
シズちゃんは過保護だ。けれど、私たちは見た。しかめっつらのまま、ミキが立ち上がるのを。そうして、スタンドマイクを恋人みたいに抱き寄せるのを。

「…エミちゃん、ありがとう」
帰りの方向が同じなので、今日もエミちゃんは私を車で送ってくれる。
この人の機転がなかったら収録は永遠にできなかったかも。車中で御礼を伝える。
「ミキりんって、本当にお姫様みたい。みんなが動いてくれるの待ってるんだから」
つい愚痴を漏らした。そうしたら、エミちゃんは私の好きな痺れる笑い方をした。
「マネージャーこそ、かぐや姫みたい。無理難題を申し付けるのはそっちじゃん」
異質な。
遠い国の月の姫なんかじゃないんだけれど、そんな風に言う。笑う。
ああ。私、この人に夢中。そう思ったら赤信号でタイヤが停止して、その隙に口付けられた。
ミキやシズの関係を他者から覆い隠すように偉い人たちは私に言うけれど。
「…こんなことしてるのに、自分にエゴがないみたいに言うの本当に姫」
「そ、そんなことしてきたのはそっちでしょ…今のはっ」
それなりにびっくりしたから文句を言ったら、もう一度キスされた。
確かに私がかぐや姫なら、月になんて帰らない。
地上でいいの、濃密に、惨たらしく穢れていたい。
地球の影の裏側で。

作家コメント
ウェンディというバンドのSSを好きと言ってくださった方、ありがとうございます。
参考 玉置こさめ作者サイト
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