ATライカ「冷や水」

 『うだるような暑さ』の『うだる』は『茹だる』と書く。つまり、体の水が茹りそうということだ。言い得て妙で、実際に熱中症では脳が茹で上がるらしい。
 私は、憎たらしいほどの青空の元、連日30度を超える日々にあって外に立ち続ける仕事をしている。夏が最も過酷な職で、それなりに稼げなければ私はとっくにやめている。
「社員証見せてください」
 ビルに入ろうとする見慣れた男性職員に、言い慣れた台詞を言う。記憶が確かなら昼休憩が始まったとたん足早に出て行った人だ。また、彼は昼食に出て行った人達が帰ってくる鏑矢でもあったらしく、次から次へと職員が現れ社員証を見せてクーラーの効いたビルへと消えていく。ドアが開くたびに吹く冷たい風が心地よい。
「こんにちは。いつもお疲れ様です」
 ほとんどが私を自動改札か何かかのように通り過ぎて行く中で、一人の女性が私に声をかけてきた。髪を茶色に染めた美人さんだ。
「こんにちは。これが仕事ですから」
 私は帽子を少し浮かして、挨拶を返す。彼女は毎日お昼時に立っている私に対していつも挨拶をしてくれる人で、私がひっそりと心の癒しにしている人だ。
「今日も暑いですね」
 そう言いながら彼女は社員証を見せてくる。
「ええ、立っているだけで汗が止まりませんよ」
 確認なんてものはすぐ終わり、私たちの会話もそこで終わる。いつもの事であるしそれ以上を望むことは無いので、次来る人に備えて居直ろうとする。しかし、今日はまだ少し会話が続くようだった。
「これ、差支えなければ飲んでください」
 小さいペットボトルで、差し入れだった。
「ありがとうございます。助かります」
 慌てて帽子を外してお辞儀をすると、彼女もぺこりと会釈をしてビルの中へ消えて行く。見送ってからようやく手にひんやりとした冷たさを感じ、見ると、時間と場所が蛍光ペンで書かれていた。
 今日は長く会話が続けられそうだ、青空を仰ぎ見ながら冷や水を飲んだ。

参考 ATライカ作者pixiv

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