「あ、虹……」
放課後の教室、ふと見やった窓の向こうに、アヤは七色のきらめきを見つけた。
――虹を見ると、コウちゃんを思い出す。
コウちゃん、それはアヤの恋人。
背が高くて、頭がよくて、きっと、世界一綺麗な女の子。
どうして虹を見ると思い出してしまうのかと言えば、コウの漢字は、虹と同じ、『虹』だから。
――変わった名前でしょ。
初めて名前を教えてくれた時、そんな風に笑っていたのを、よく覚えている。
――そんなことない! あなたにぴったりの、綺麗な名前だと思う!
アヤは、心からそう思ったから、そう答えた。けれど、そんなことを言われたのは初めてだったのか、コウの真っ白な頬は、途端、耳まで真っ赤に染まってしまった。
綺麗な彼女の、とってもかわいい、はにかみ笑顔。
アヤがコウに恋をしたのは、多分、その時だったと思う。
「あっ……」
コウのことを考えながら、ぼんやりと虹を眺めていると、やがて、その色が少しずつ、薄れてきた。少しずつ、小さく、かすんできた。
「待って、行かないで!」
開け放った窓から身を乗り出すようにして、アヤは虹を見つめた。
けれど、虹がそんな願いを聞いてくれるはずもなくて、その姿は、だんだん、だんだん、薄れていく。だんだん、だんだん、遠くなっていく。
――お願い、まだ消えないで。行かないで……っ!
祈りを込めて、胸の中で、彼方に向けてうったえる。
お願いだから、もう少しだけ、あと少しだけ、傍にいて――。
「危ないよ、アヤちゃん」
不意に、二つの腕がアヤを絡めとって、すっと後ろへ抱き寄せた。
長くて白い、たおやかな腕。
ぱっと上を向けば、そこには、ふんわり微笑む、コウの顔があった。
「おかえりコウちゃん! もう、用事終わったの?」
「うん。待たせちゃってごめんね。……それより、窓から乗り出したりして、何してたの?」
「虹を見て、コウちゃんに思いを馳せてたの!」
笑顔で答えるアヤに、コウは「なあにそれ」と小さく笑って、腕を解いて隣に並んだ。
「どこ? 虹」
「あそこ……に、あったんだけど、もう、全然見えなくなっちゃった……」
宙にかかっていた、七色のアーチ。だけれど今はもう、空の色にほとんど溶けてしまって、三つほどの小さな色が、かすかに浮いて見えるだけになっていた。
「そっか。もうちょっと、早く帰ってくればよかったね」
残念そうに呟いて、コウは、窓枠に置かれたアヤの手を取った。
「それじゃ、帰ろっか」
「うんっ」
ひんやりとした手のひらを握り返して、少しだけ赤い頬で、アヤは頷く。
恋人同士になってしばらく経つけれど、手を繋いだり、体を寄せたりするのは、なんだかまだ、どぎまぎしてしまう。心臓が、どきどきしてしまう。
いつか、このどきどきにも慣れて、手を繋ぐのが当たり前になったりするんだろうか。一緒にいるのが、当たり前に、居心地よく、なったりするんだろうか。
――そうなったら、いいな。
そうなるまで、ずっと一緒にいられたら、ずっと傍にいられたら、素敵だなと、そう思う。
「ねぇ、コウちゃん」
アヤは背の高いコウの顔を見上げて、その瞳を見つめた。
「コウちゃんは、虹みたいに消えたりしないでね」
唐突なお願いに、コウは目を丸くして、しばしの間、きょとんとしていたけれど、ふっと吹き出して、大きく頷いた。
「もちろん。ずっと、ずーっと、ここにいるよ」
照れた赤い笑顔で、大きく、大きく、頷いた。