窓から入ってくる風は柔らかくて、ちゃんと春が来ているんだな、なんてぼんやりと思う。
「やー。練習朝だけで終わるとかないわー。全然弾き足りないってあんなのじゃ」
「入学式の準備があるからでしょう。本当は私達も体育館の方、手伝いに行かないとだめなんですよ?」
そう言う私に、彼女はいたずらっぽく笑う。
「でもはるかは、こうして付き合ってくれてるじゃん?」
「それは、そうですけど…」
「ほいじゃ早速」
言うが早いか、彼女はその小さな顎と細い肩で飴色に光るヴァイオリンを固定した。
弓が弦に触れて、そこから儚くも美しい旋律が奏でられる。
私も傍らのチェロを手に取って椅子に座り直して、すぐにそのメロディー追いかけた。
絡み合って、ほどけて、私達の音がこの空間の中に溶けていく。束の間のセッション。
やがて最後の一音を弾き終えると、彼女は私の方をまじまじと見てきた。
「な、なんですか先輩」
「いやぁ、やっぱ音も弾きグセも似てるなーと思って」
「……“島田先輩”に、ですか?」
「うん。何だろ、やっぱボウイングなのかな?」
「知りませんよ会ったことないOGの人ことなんて」
「ごめんごめん。でもやっぱり思っちゃうんだよなー」
苦笑する彼女は、確かにこちらを見ているはずなのに。
さっきだってあんなに私達の音は溶け合っていたのに。
彼女の瞳に映っているのは、きっと私ではない。
私が入学した年に既に卒業していたその先輩。
彼女が1年生の時に3年生だったその先輩。
後輩の私には知る由もない、昔の話。
でもね、先輩。
私、ご存知の通り聞き分けの悪い後輩なんです。
昔何があったかなんて知ったこっちゃないですよ。
だってまた新しい春は来てるんですよ?
そろそろ“私”のことを、ちゃんと見てくれてもいいんじゃないですか。
えいな「春、なので。」
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