「答えずに行ってしまうんですか!」
そう後ろから声をかけてきたのは、恐らく部活の後輩の大橋だった。
そこにいたのは今にも泣きそうに顔を歪めた……訂正、目が真っ赤だからさっきまで泣いていたのであろう大橋が、やはり私をじっと見つめていた。
「いやね、何に答えろっていうの?」
「先輩ならわかってたはずです。ずっとずっと、私達たった二人でやってきたんですから」
足りない、と指摘したくなった。
確かに私達はたった二人の部員で文芸部なんていう小さな部活を続けていたけれども、それだけでは何も足りないのだ。
「ずっと一緒にいたんです。ずっとあなたと二人で文字を交わして来たんです。伝わらないはずが、ないじゃないですか!」
そう言って俯き肩を震わせ始める姿は、いつもと変わらず小さくて可愛らしい。
でも、今日は私のハレの日。こんな行動をあなたはすべきではなかったのだ。
「私はあなたから文字で問われたものに、答えを返さなかったことはないわ」
「違います。あなたは文字以上のものに込めた想いには、明確にはただの一度も……」
「そう、私は言葉にしなかった。あなたもソレをしなかった。今はただそれだけよ」
そっと、彼女の頬を両手で包んで自分の顔をその瞳に映させた。
涙がポロポロとこぼれていく震える瞳には、酷く歪んだ自分の笑顔が映っているのが見えて、心底私はこういう奴なのだと自分自身に呆れ返る。
「じゃあね」
それだけを告げて彼女から離れると、私は校門の方に向かって歩みだす。
手に持つのは黒くて軽い筒。それだけだ。
「……すきでした」
小さな小さな、それでも絶対に聞き間違えないその人の声が耳に届いたけれども、振り向かない。
かわいいかわいい、私のおバカさん。
だって私は、これでさようならをするつもりなんて毛頭ないのに。