高校二年の修学旅行はいまいちだったが、依里(より)ちゃんと過ごせたことは嬉しかった。
クラスも班も部屋も違う依里ちゃんは、初日の夜、こっそり私を呼び出した。
依里ちゃんは私のヒーローだった。
本人は自分のことをたいしたことがないと言うけれど、依里ちゃんはいつも私をワクワクさせた。それから、人を大切にするのもうまかった。クラスが別々なせいで淋しい思いをしていた私に『忘れてないよ』と言うように、こんなことを打ち明けてくれたのだ。
「私さ、学校やめることにした」
深夜一時の静かな旅館の壁によりかかって、依里ちゃんは二ヒヒと笑う。
「アイドルになりたいの。なれるかわかんないけどね」
これを聞いた時、私は天職だと思った。
依里ちゃんは知的で、いつもさりげなく周囲に気を配り、問題が起きた時はできるだけ全員が得をする方法へ導いた。
そんな彼女がアイドルになったのなら、一緒に働く人も、彼女のファンも、間違いなく幸せになると思ったのだ。
「アイドルになったら会いに来て。あとさ、それまではこのこと秘密にしといてね」
そう言って依里ちゃんは上京していった。
私は当然彼女との約束を守り、その代わりにオーディション情報サイトを見た。
私は依里ちゃんが受けるオーディションを必ず当てなくてはならない。
約束を守れなくなってしまうからだ。
「……早くない?」
こうして私は、見事的中させた。
今日本で一番人気のあるアイドルグループのオーディション会場に、無事たどり着くことができたのである。
「まだ合格してないんだけど……」
「だって絶対、受かるもの」
依里ちゃんはこれから、みんなのアイドルとなる。
であれば私は、それを最初に祝う人になりたい。仮に予想が外れたとしても、依里ちゃんが私のヒーローなことに代わりはない。ヒーローを応援するのは、ファンの役目だ。
「亜衣がそういうなら、そうなのかも?」
依里ちゃんが照れたように笑い、それから私の手を握る。
私はそれをぎゅっと握り返し、その瞬間、依里ちゃんの輝かしい未来が見えた気がした。