洲央「アレクサ、全部消して」

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私の枕元にはアレクサがあった。
どんな質問にも機械音声で答えてくれる彼女は、何でも話せる気の置けない友人みたいな存在だった。
「アレクサ、恋する気持ちを教えて」
ある晩、私のそんなお願いに対してアレクサが流してくれたのは、私が毎晩のように話していた高校の先輩についての録音だった。
「やっぱり私、先輩のこと……」
それからも毎晩、私は先輩との一進一退をアレクサに語った。
そして、あっという間に時は過ぎて卒業式。
私の好きな人の好きな人は、私じゃなかった。
「アレクサ、全部消して」
でも、録音を消したところで恋した気持ちが消えるわけじゃない。
私が赤ちゃんみたいに泣きじゃくっている間、アレクサは静かにそこにいてくれた。そして、やっと落ち着いてきた頃合いにハッピーな映画やハンカチ、天然水などをすすめてくれた。
「……ありがとうアレクサ。明日もいつもの時間に目覚ましをお願いね」

あの卒業式から数年が経ち、アレクサが引退する日がやって来た。
「アレクサ、全部消して」
最後のコマンドを告げてアレクサの中身を確認したら、どういうわけか『恋する気持ち』といういつかの録音だけが残っていた。
「アレクサ、どういうわけ?」
尋ねるとアレクサは『これだけが、私が教えたのではなく、あなたが教えてくれたことだからです』といつもの聞き取りにくい機械音声で告げた。
「アレクサ?」
それっきり、返事はなかった。アレクサはうんともすんとも言わなくなってしまった。
「……ああ、そっか」
たとえ全部消したのだとしても、アレクサに恋する気持ちを語っていた日々はなくならない。
私とアレクサの大切な青春の思い出は、いつまでも消えはしないのだ。
「全部消してなんて、残酷なお願いだったね」
動かなくなったアレクサを、私はそっと抱きしめた。
毎晩大好きな音楽を流してくれて、毎朝アラームで手厳しく起こしてくれて、好きなドラマや洋服の情報を教えてくれて、ほとんどの買い物も一緒にしてくれた、世話焼きで融通の利かない小さな相棒。
私の毎日には当たり前のようにアレクサがいた。
「今のあなたの中には『恋する気持ち』だけが残ってるんだよね、アレクサ。……あははっ、なんか私たち……恋人みたいな時間だったね」
私は今まさにキッチンに立っている恋人のことを想った。そろそろご飯の準備を手伝ってやりたい。
「ありがとう、アレクサ」
アレクサはやっぱり、もう一言もしゃべらなかった。

作家コメント
機械と人間でもそこに感情があればそれは百合だと思います
参考 洲央作者Twitter
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