久良伎「ひとりのおとな」

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はやくおとなになりたいな。

まだ小さかった頃、何度もそう思った。大人になったら、やりたいことができる。自分の好きなところへ行ける。大人なら――――ひとりで生きていけるって。
「役立たず」
「君は何にもできないね」
「いつまで学生気分なんだ」
いつもの帰り道。会社の上司に突きつけられた言葉が頭の中でぐるぐると回る。うん、それらはきっと、どれもが正しい。だって、大人になれたはずの私は、自分のやりたいことなんてできなくて、どこへも行けなくて、ただ、ひとりで生きているだけなんだから。

「……こんなの、や、だ……はやく、おとなになりたいよ……」
体調が悪くなって、会社を早退したその日。とある公園のベンチで。いじめまがいのことをされていたその少女は、偶然通りかかった私に助けられたあとで、嗚咽まじりの声でそう言った。

そっと、彼女の背中に手を当てて落ち着かせながらも、私の胸の奥はざわついてしまう。目の前にいるこの子が想像している《おとな》はたぶん、私がかつて思い描いていたそれとよく似ていて。でも、こうして彼女に向き合っている自分の姿は、それとはどこまでもかけ離れている。

しばらく考えた後で、
「はやく、大人になりたいよね」
と、彼女に問いかけた。

その言葉がもつ含みを、まだ小学校中学年くらいの彼女はおそらく理解しないだろう。

こくり、と少女は頷く。落ち着いてきたのか、どうやら涙は止まり始めたようだった。少し照れくさくなってきたのか、彼女は自分の表情を読み取られないよう、私の方へ身体を寄せて、コートの袖に顔をうずめてきた。

――――っきゅ。
小さくて柔らかな手のひらが、優しく私の手の上に重ねられる。いい? と尋ねるような表情でこちらを見てくる。軽く頷くと、安心したような表情で再び顔をうずめてきた。

「おねえさん」
少しだけ甘えを含んだ声色で、少女は呼びかける。

「なにかな」


――――おねえさんみたいな、おとなになりたい

それは、ひとりで生きているだけの私を、ちょっとだけ、誰かにとっての私にしてくれた願い。

作家コメント
ひとり。おとな。おねロリです。
参考 久良伎作家Twitter
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