みふじ麻智「黄昏時」

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「ちーッす♡おひさぁw」
見事な茶パツに浅黒い肌。ツケマでない自慢の長いまつ毛をカラフルなネイルで梳きながら、彼女はわたしに話しかけてきた。別れたあの日と同じバリバリのギャルの装いで。
「どったの?鳩が豆鉄砲食ったような顔してさぁw」
「ふぅん、そんな言い回し知ってるんだ。」
「そりゃぁ、愛しい愛しいカノジョ様がぁ、ガチ文学少女ってヤツだったしぃw」
きししし、と悪戯っぽく笑いながら、彼女は正面からわたしを優しく睨め付ける。わたしは、くじけそうになる心を無理に奮い立たせて言葉を繋ぐ。
「あなたには、訊きたいことが山程あるんだけど…」
「チョイ待ち!分かってるってwだけどぉ、お堅い文学少女的なめんどっちいアンタにはさぁ、やっぱコレっしょw」
と言うが早いか、彼女はわたしをギュッと抱きしめ、唇に唇を重ねてきた。頭の中がジンジン痺れ、唇の先から身体全体が蕩けそうになる、激しくも甘美な恋人同士にのみ許されたキス。そして彼女の身体から立ち昇る甘い匂い、あれは確か…。
わたしの舌を味わい尽くし、彼女は名残惜しそうに唇を離した。
「…ウチ、今日しかこっち来れんかったしぃ、だから…」
「だから」の後に続く言葉を飲み込み、彼女はニヤリと笑いながら、
「じゃあ、あばね。いつか、また、ね♡」
と、そう言ってくるりと踵を返し、黄昏の淡いオレンジ色の闇の中へと、身を躍らせるように消えて去った。
陶然と立ち尽くすわたしの鼻腔には、抱きしめた彼女の匂いがまだ残っている。甘いフローラル系に、ちょっと甘酸っぱさが加わったような独特の匂い…そうだ、あれは沈丁花の匂いだ。ほんの少し前、彼女の墓前に供えてきたばかりの、あの花の…。
黄昏時は誰そ彼時。誰そ彼時は逢魔が時。彼女は今日幽冥の境を越え、わたしの心と身体に、永遠に消えることのない「しるし」を焼き付けに来たに違いない。そう、まるで旧約聖書のカインの刻印のように。
「うん…。だよね…。いつか、また…、ね…。」
 春分にしては少し冷たい風がわたしの頬を横切り、微かに漂っていた沈丁花の匂いを残らず道連れにして、下り始めた夜の帳の向こうへと、彼女を追いかけるように消えていった。

作家コメント
初投稿です。よろしくお願いします。
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