えいな「卒業式、花束、あなた」

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体育館の中には所狭しとパイプ椅子が並べられていて、今日このキャンパスを巣立つ5000人もの大学生でいっぱいになっている。同じ学年に所属しているのがこんなにたくさんいれば、話したことがある人を数える方が早い。時間が来て、予定通り式が始まる。学長がお祝いの言葉を長々と述べる。
見渡すと、男子はほとんどがスーツで女子はスーツもいるけど袴の子の方が圧倒的に多い。私と同じように、さっき生協の奥に設けられた特設スペースで着付けしてもらった子もたくさんいるだろう。私は一番早い時間に予約をいれていたから、もしかしたらと思って生協の食堂の端の席に暫くいたけど、彼女とは会えなかった。着付けは地元で済ませてくるんだろうか。行事ごとはいつでも目一杯楽しむというのが彼女だから、当然今日だって袴姿になるものと思っていた。彼女には、白地に艶やかな緋色とグレーと黒の花柄の振り袖、上品で大人っぽい黒の袴、煌めく金の袴帯、足元は下駄よりブーツがいい。
そんなことを考えていたらいつの間にか学歌が流れていた。ほとんどの学生はメロディも歌詞も分からずに無の時間を過ごし、体育会系の公認部活の人達だけが目を潤ませながら熱唱していた。
式が終わって、体育館を出ると辺りは人だらけだった。友達同士で話している人、写真を撮っている人、後輩に取り囲まれている人、人、人、人。そういえば自分もゼミの集まりがあることを思い出して、体育館の裏手の学舎に向かおうと、人の流れに逆らうようにして歩いた。すると横から急に現れた人に、どんと顔からぶつかってしまってよろける。見ればそこには彼女がいた。花束を持っていた。
「さやちゃん、なんで……」
彼女は袴を着ていなかった。それどころかスーツ姿でもない。臙脂のコートにデニムを履いている。
「みかちーだ。卒業おめでと」
彼女はニカッと眩しい笑顔を見せる。
どこ行くの? ゼミ? そうなんだ。あたしはサークルのみんなに花持ってきたの。みかちーも後で改めてちゃんと見てね、この花束結構高いやつだから。あたし院受けるからさー。正直、入試の面接が明後日だから今日来るかどうか迷ったんだけどね。
彼女は普段通りの調子で話してくる。
知らなかったよそんなの。一緒に卒業出来ないなんて全然、知らなかった。
思えば私はギリギリまで就活をしていて、みんなの進路をあまり把握していなかった。それでも彼女とはつい先週もメッセージを送り合ったところなのだ。なんで私達の好きなバンドの次のライブの話よりあなたのことを教えてくれなかったの。
結局私は彼女にとって何だったんだろう。同じサークルの中の一人ってだけだったのかな。
「でも来て良かったよ。袴の可愛いみかちーが見られたから」
「ありがとう。さやちゃん、面接頑張って」
「うん! 頑張る! じゃーまたあとで」
笑い合いながら手を振って別れた。きっとこの先、あなたが言ってくれた可愛いを何度も思い出すのだろうなと思いながら、学舎までの坂を下った。今日で最後になるだろうこの坂を一歩、また一歩。下駄の鼻緒の赤が涙で滲んで見えて、唇を噛んで堪えた。

参考 えいな作者pixiv
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