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風が吹いたような感覚があった。
地下街を歩いていたのに、目の前を横切る何かで風が吹いたように感じていた。
目で追うと、それは止まり、振り返り、私を見つめていた。
三年前に別れた元カノだった。
「・・・元気?」
彼女が近づいてきて声を掛けてくれる。
少し髪が伸びた。
眉の形が変わった。
口紅の色が明るくなった。
私の知らない彼女だった。
「元気。そっちは?」
私も彼女に近づいて声を掛ける。
私の髪は変わってなかった。
眉の形も変わってなかった。
口紅の色も変わってなかった。
たぶん、彼女が知っているままの私だった。
「元気。少し出世したよ」
知っている。
同期の中で一番早い出世だったことまで知っている。
彼女の動向が知りたくて、かつての会社の同期と今でも連絡を取り合っているのだから。
「そうなんだ。よかったね」
当然だと思う。
ずっと勉強していた。
いつだって努力していた。
皮肉交じりに「私と勉強、どっちが大事なの?」と訊いたら、「貴女が大事だから、勉強してるんだよ」と答えてくれた彼女の気持ちが、あの頃の私には分からなかった。
彼女が腕時計を、ちらりと見た。
「ごめんね、あの」
「いいよ、気にしないで」
私は彼女に手を、ひらひらと振った。
「じゃあね」
「うん」
彼女が踵を返して、進むべき道に足を踏み出していく。
大きな歩幅を、ぐんぐん重ねて、どんどん遠くなっていく。
私の隣にいた彼女は、もっと小さな歩幅だった。
それは、私の歩幅に合わせてくれていただけだった。
あれが、本来の彼女の歩幅なのだ。
小さくなっていく彼女の背中が消えるまで見送って、私も踵を返す。
さっきより少しだけ大きく踏み出した一歩が、いつか大きな風を吹かせてくれると信じて。
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