〝捨てるんだったら、私にくれませんか〟
わたしと麻帆(まほ)ちゃんが初めて話したのは公園のゴミ箱の前で、わたしはその頃麻帆ちゃんのことを、ロボットみたいな先輩だと思っていた。
だけど彼女がわたしに向けてくれたのは、まっすぐな手と、とても優しい言葉だ。
わたしがその時投げ捨てようとしたもの。それは、受け取って欲しかった人に、『ちょっと無理』と拒否されてしまったものだったのに。
〝……そんな良いものじゃないんで〟
わたしをじっと見ながら、麻帆ちゃんは大きく首を振る。
左肩から右肩までしっかり頭を動かして、何度も、百八十度近く、きっちり振った。
〝いいえ、良いものです。私はあなたが、あの人のために作ったマフラーが欲しいんです〟
その日から麻帆ちゃんは、わたしが片想いの先輩のために編んだマフラーを、毎日巻いて登校した。
初日はわざわざ教室まで会いに来て、センター試験の日は『こんなのってある?』ってくらいのブレブレの自撮りで、今日も巻いていることを教えてくれた。
重すぎる気持ちを加工せず形にしてしまったせいで、捨てられるはずだったマフラー。
それを、麻帆ちゃんは今でも大切にしてくれている。
「糸(いと)の制作風景は、うちの部室から見えていたから。
毎日遅い時間まで作業するあなたを見て、私は『あんな風に好かれたい』って思ったの」
「だから『欲しい』って言ってくれたの?」
「そう。こんな良いものが、捨てられていいはずがないと思ったから」
……こんなの、誰でも好きになっちゃうと思う。
今日まで、理由を付けて先延ばしにしてきた。
だけど今日は気持ちを伝えたい。もう、学校では会えなくなってしまうから。
「ところで、今度は何を作るの? お母様の誕生日プレゼント?」
「え、えっと」
答える声が震える。でも言うしかない。
「……麻帆ちゃんの。あのわたし」
「それは」
言葉が途中で遮られ、続きを話すのが怖くなる。
だけど次の瞬間、麻帆ちゃんの白い手が伸びてくる。
初めて話した時と同じ風に。
「それは、私のために作ってくれるものだと思って、間違いないのかしら」
重ねた手の上に、涙が落ちる。
ああ、こんなに優しくて気持ちの豊かな人を『ロボットみたい』と勘違いしていたなんて、つくづくわたしはバカだ。
その上今も、わたしはこの人のことを全然知らない。
でも好きだと思う。まだ知らないところも、これからきっと好きになると思う。
「まちがいないです」
はっきり答えて、手を握って、顔を近づけてみる。
すると麻帆ちゃんは、これからわたしが何をしようとしているのか全然わかってないみたいにじっと見つめてくるから、思わず笑いそうになった。
だから目を閉じてみたけど、きっと閉じたままでも、わたしの気持ちはきっと届く。
「大好きです」
