平井「降りられなくなっちゃったね」

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登校時間の電車は憂鬱だ。人がたくさんいて、運が悪くて座れないと、他人と密着することになるから。今日はその運の悪い日で、リュックを足元に下ろしたまま持っているあたしはまるで石のように固まっている。
嫌だ嫌だ。憂鬱でたまらない。しかもさらに悪いことに、男と密着しているのが嫌らしいお姉さんが私の横にきた。とん、と肩がぶつかって、視線だけを向けると彼女は出来る角度のお辞儀を八の字眉を作りながらしてきた。
やめてよ。と思う。
女の人が、女の子が。とくに「好ましいタイプ」の人が横にいると、困る。いま私の隣にいるお姉さんからは何のにおいだろう、程よく甘い香りが鼻腔を通過して肺にくる。そうして酸素にまじった何かが、脳の奥をぶるぶるっと震わせる。その一連の出来事はあたしを後悔させる。
こんな風になりたくなかったな。と思う。もっと「普通に」同級生の、あるいは家庭教師の大学生と、あるいは教育実習生と漫画みたいに馬鹿っぽい恋愛を真面目にできるものだと思っていたのにな。
朝からごめんなさい。昼でも夜でも申し訳ないんだけれど。同級生やお疲れの社会人に交じってあたしはいつも、そんなことを考えている。そんなことというのは、いつか「好ましいタイプ」の女の子と結ばれる、漫画みたいに馬鹿っぽい真面目な恋愛について。
意識してなかったことに気がついて、それを後悔するのに。だって幸せになりたいじゃんか。
そんなことを思いながらあたしは今日も、人の肩や頭越しに見える、窓の隙間のホームが見えるたびに「すみません、降ります」を繰り返すのだ。
そう、今日も。
「あ、待って」
「え」
「ありがとね」
八の字眉はふんわりと上向きのカーブを描いていて。
「え?」
持たされた紙には期待しちゃいけないんだけれど、こんな出来事はあんまりにもあんまりじゃないのか、と、ホームに立ち尽くしたあたしは、抱えたリュックをぎゅうっと抱きしめることしかできなかった。

作家コメント
投稿二作目です。よろしくお願いします。後悔も、ささいなきっかけで光になればいいなと思っています。
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