おおきたつぐみ「夢のよう」

私の名前は夢乃(ゆめの)という。
息子2人の後に末っ子として生まれた時、母は夢のように嬉しくて、夢乃と名付けたらしい。しかし、私は眉毛が太くてがっちりした兄ちゃんたちそっくりに生まれ育ち、母が用意した女の子向けのおもちゃには目もくれず、兄ちゃんたちについて遊び回ったから年がら年中真っ黒で、生傷も絶えなかった。
中学からは陸上部に入り、唯一母の望みで肩まで伸ばしていた髪も部の取り決めでショートにし、毎日の練習でますます日焼けし、背も伸びたので制服を着ない限りはすっかり見かけは男子になった。

私服の高校に進学した今、相変わらず陸上部に所属し、ほとんどジャージで過ごす私に女子っぽいアイコンはほとんどない。ただ一つ、夢乃という名前を除いては。
自己紹介するとだいたいそれだけで爆笑される。「お前が夢乃ー!?」って。似合わないのは分かってるし、名前だけで笑いを取れるのはある意味オイシイかも、と思う。

ただ、私は女の子っぽい格好はしてないけれど、別に男子になりたいわけではなかった。そして女子たちに王子と呼ばれ、告白されることもあったけれど、女の子に恋をしたことはなかった。かといって、男子に恋したこともなかったけれど。
私はまだ、自分がどうしたいのかわからない。

佐藤千恵子先輩は、唯一私の名前を聞いても笑わなかった人だ。
こんな、いかにも体育会系の私を書道部に勧誘した先輩。
体験だけでも~って強引に部室に連れて行かれ、名前を名簿に書かされた時、
「きみ、夢乃って言うんだ。めっちゃ綺麗な名前! 誰が名付けたの?」
と心底感心した顔で言ってくれたので、由来を伝えたら、いいお母さんだねえと笑顔で言ってくれた。
陸上をやるつもりです、と伝えたら残念そうな顔をして、じゃあ特別といって半紙を広げ、大きく勢いのある字で「夢乃」と書いてくれた。
「君にぴったりの名前だね」
そう言って私に渡してくれた半紙を、私は自分の部屋に飾った。

いつもディスって笑いを取ってきた名前だけど、本当はすごく好き。
自分に似合わないのが恥ずかしくて、思いを込めて名付けてくれた母に申し訳なかった。
でも、千恵子先輩が書いてくれた「夢乃」は躍動感があって、子鹿みたいに走ると言われる私に似ていた。
先輩が「君にぴったりの名前だね」って言ってくれた時──私は、夢のように嬉しかったんだ。

参考 おおきたつぐみ作者pixiv
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