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藍瀬青「アンドロイドと台風 あるいは最後のオクトーバーフェスト」

 フォリナ・E・オクトーバーと出会ったのは台風が関東に上陸する前日、風が吹き荒れる土曜日の午後だった。悪天候にも関わらず池袋のビアガーデンは盛況でドイツ人の楽隊が陽気な音楽を奏でていた。友人に約束をすっぽかされた私は黒ビールを飲み、白ソーセージに舌鼓を打った。屋上の手摺には「オクトーバーフェスト」ののぼりがいくつも並べられ、風に煽られていた。その脇に彼女はいた。ビールを片手に、はためくのぼりのひとつを指で押さえていた。真剣な表情だった。まるで自分が指を離せば飛んで行ってしまうとでも思いこんでいるみたいだった。
 なぜ彼女に声をかけたのかはいまでもわからない。酔っていたせいかもしれない。なにしてるんですかと私は訊ねた。
「え、」驚いたように彼女は私を見た。黒い髪に空色の瞳。「いえ。何も」
 顔立ちは外国人だが流暢な日本語だった。彼女が指を離すとのぼりは風を受けて激しく暴れ出した。私は腕を伸ばし、のぼりを指でつまんだ。指先を通じて風の動きが伝わってくる。
「……気持ちいい」
 つぶやいた私に、彼女が微笑みを浮かべた。彼女も再びのぼりを指でつまんだ。吹き狂う風を指先に感じながら私たちは屋上に佇んでいた。

 交わした言葉は多くなかった。内容もたいしたことじゃない。
「フォリナ・E・オクトーバー」彼女は名乗ったあとに「偽名です」とご丁寧に言い添えた。「実はわたし、アンドロイドなんです」と悪戯っぽい笑みを浮かべて付け加えた。
「私もだよ」
 スマートフォンの機種はアンドロイドだった。
「奇遇ですね」
「奇遇だね」
 彼女は私よりも年下――20代の初めのように見えた。年の割に幼いというか、変わっているらしい。たいして気にならなかった。アルコールがいい具合に回っていたし、彼女の顔は好きだった。
 自分が作られたのは10月だということ、1年に1回だけ外出を許されているということ、次のバージョンアップで自分のメモリチップは消去されることを彼女は明るく語った。
「台風を感じてみたかったんです」
 だから、良かったです。彼女は口の周りにビールの泡をつけたまま笑った。

 酔いが覚めたのは翌日、日曜日のお昼過ぎで、台風はとっくに上陸していた。ペットボトルの水を飲み、ソファに座ってテレビを付ける。どこもかしこも台風情報ばかりだった。窓を揺らす風の音を聞きながらフォリナのことを思い出した。
 馬鹿らしい。
 チープな漫画かアニメじゃないんだから。まったく。私は苦笑する。変な子だ。10代ならともかく、20代であの調子だといろいろ大変だろう。
 でも、彼女の笑顔が頭から離れなかった。白い指先と空色の瞳。その隣にいつのまにか私も立っていた。台風を感じるために屋上でのぼりをつまむ2体のアンドロイド。音楽もざわめきも彼女たちには聞こえない。それはすぐ消える記憶だった。消されるデータだった。
 私は窓硝子に触れた。荒れ狂う風が窓を揺らした。

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