羽田宇佐「ある日、地球最後の人類に」

 薫はある日突然、今まで歩き回っていたことが嘘のように動かなくなった。私の目の前で死んでいった何人かのように、意識を失い、呼吸が止まった。
 私たちは、その原因不明の病を「終末病」と呼んでいた。
 地球を覆い尽くす勢いで増えた人類は終末病で次々と死に、人口は激減した。最初は死を恐れていた人々も、目の前の人間が数えられるほどになると、死を願った。そして、その願いは叶えられた。
 気がつけば、たった二人だけの世界。
 私の世界は、薫と私の二人だけになっていた。
 それでも、薫はご飯が美味しいと言っては喜び、花が咲いたと言っては笑い、私と同じ長い髪を風になびかせ、日々穏やかに、軽やかに生きていた。
 私は、そんな薫のそばにいられることが、ただただ嬉しかった。薫は私にこの世界のことをたくさん教えてくれたし、色々なものを見せてくれた。私の中にあるすべては、薫から与えられたものだ。
 私は、ベッドに寝かせた薫の手を取った。数時間前まで温かかったはずの手に、今はぬくもりの欠片もない。
 冷たくなった手は、いつだったかの冬の朝を思い出させた。
 残り少なくなったご近所さんと挨拶を交わした後、薫は珍しく弱々しい声で「最後の人類になんて、なりたくない」と呟いた。
「薫以外の人間、ここにはいないんだ。……ごめんね」
 思い出の中の薫に向かって口にしたのは、謝罪の言葉。
 私は、薫の願いを叶えることができなかった。
 私の知っている人類は、薫が最後だ。
 ただ一人、ここに残ったのは薫が作った私。
 薫がたくさんの部品で、人間そっくりの姿に作り上げた私。
 薫の願いを叶えることができない私。
 息が苦しい。酸素なんてなくたって、動くことができるはず体が酸素をほしがる。体を上手く動かすことができない。ギリギリと体が締め上げられるようだった。
「薫」
 名前を呼んでみるけれど、返事はない。
 涙、というものが流れ落ちる機能はなかったが、涙というものを流してみたくなった。
 私は、この気持ちの名前がわからない。けれど、この気持ちの名前を教えてくれる人はもういない。

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