えいな「君死にたまふことなかれ」

 まだ厳しい日差しが照り付ける第二校舎の非常階段で、吉崎は振り返って私を真っ直ぐに見た。
「ねえ、あたし、高間のこと殺せるよ」
 突然のトリッキーな発言はいつものこと。彼女はおかしそうに笑って、でも真剣な瞳をして言う。
「きっと高間を殺すことが出来ると思うんだ。ねえ、高間は?高間は私のこと殺してくれる?私ね、高間に殺されたいの」
「わた、しは……」
 首筋をたらりと汗が流れていく。吉崎の、私と同じセーラー服を着たその胸元を見た。赤いリボンがいつもと同じように綺麗に結ばれている。
 私はこの胸に刃を立てることが出来るのか?その光景を想像して息を飲んだ。そんなこと。
「出来ないよ……」
「なんで」
 吉崎が信じられないというように目を見開いた。太陽は容赦なく肌をジリジリと焼きつけてくる。
「私は吉崎のこと、殺せない」
「だからなんで!」
「なんででもだよ。出来ないものは出来ない」
「――信じてたのに」
 彼女はその丸い瞳を涙で揺らめかせていた。
「高間はあたしと同じに思ってくれてるって、信じてたのに」

 ああそうだ。
 思えば私と吉崎は〝同じ気持ち〟を共有していたはずだった。
 学校一の美少女と冴えない喪女。
 およそ友人関係には見えない私達が一緒にいるのは、〝死〟を愛するという共通点を持っていたからだ。
「ね、時々死んじゃいたくならない?鋭い剣でさ、こう、グサーって胸を一突きにされて一瞬で死ねたらいいのにって思うんだよ」
 あれは調理実習の後、一緒に洗った包丁を拭っていたとき、蛍光灯に光るその刃を見つめて彼女は私に言った。
「分かる、それ」
 言葉が口をついて出た。あまりにもいつも自分が考えていることと同じだったから。
 すると彼女は私の答えにひどく満足したようににんまり笑って、「高間は、やっぱりそうか」と言ったのだ。
 以来、私達はこうして一緒にいるようになった。
 二人でいる時、私達はいつも〝死〟について語った。
 吉崎はやはり美しかった。いつも端正な顔立ちの彼女ではあるけれど、理想の死に方を語る顔はとびきり綺麗で、儚くて、なんとも言えない美しさだった。
 彼女が「こんな話、他の人とは出来ない」と度々口にするのが嬉しかった。どんな時より一番美しい彼女を占有できるのは私だけなのだと、そんな優越感に浸れたから。
 私は彼女の語る死に夢を見た。私も彼女と同じに死ねたならどんなに素敵だろうと思った。

 ――なのにどうしてだろう。
 殺されたいと言われて、それをしたくないと思った。

「高間、あたしは高間にだから殺されたいんだよ。高間は違うんだね」
 彼女の白い指が私の頬に触れる。指先は太陽に焼かれて、熱い。
 その熱で、私は気が付いた。
 私が愛しているのは、吉崎の〝熱〟だ。美しい死を語る時の少し上気した頬、息遣い。
 〝死〟を語る彼女は〝熱〟を持っている。〝生の熱さ〟に満ち溢れているのだ。
 それはちぐはぐで、ぞくりとするような生々しさが纏わりついていて、だからこそ心惹かれていたのだと。
 吉崎は私の名前を呼びながら、とうとう涙を流し始めた。
 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていくその顔を、彼女は拭いもしない。そのまま私を睨み付けてくる。
 美しくて、情けなくて、生々しくて。私は思わずごくりと唾を飲み込んだ。
 〝生きている〟吉崎はなんて綺麗なんだろう。この手で殺してしまうには、あまりにも惜しいではないか。
 その姿をもっと眺めていたくて、涙で濡れた頬を両手で包み込んで、丸い瞳を覗き込んだ。
 吉崎、好きだよ。
 でも私は、君が望んだからといって君に死を与えるようなことはしない。
 そんなことだけが愛ではないからね。
 それから覚えていて。
 私はとっくに、君にこの命を捧げていることを。

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