玉置こさめ「ラプンツェル」

高い塔の窓、あなたは降りずにそのままでいて。
私が登っていきます。王子様はそう言うけれど怠けてあがろうとしない。

ぽーんぽーんと指先ではじくフリューゲル。
軽く指ならし、リスト、モーツァルト。
変幻自在に、それからオリジナルソング。
バラード。哀切の響き。
所属するバンドの全国ツアーの合間。
自宅に戻ってもスタジオに引っ込んで、おばさんはピアノばかり弾いてる。
旋律と音色。それがないとだめなの。
いつも、そう言って。
あたしに構わない。
うちの親はちょっとおかしな人たちだったので、おばさんはそのバンドで得た稼ぎであたしを引き取ってくれた。
著名な人だから誰もあんまり何も言わないし、あたしももう14だから。
いいけど。
学校にもひとりで行けるし、電子レンジも使えるし。
ツアーで何日家をあけられても平気。
でも、そこにいるのに放置されてるのは、普通の大人がみたらいやがるんじゃないの。
なんて。倫理的なことを思うのは間違いで。
あたしは、おばさんがそこにいて、あたしを見ない時間がすきだった。
「みきりん、また倒れたってほんと? 大丈夫?」
ピアノの脚にもたれてそう尋ねたら、おばさんはちらっとこっちを見て指をとめずに問う。
「どこで聞いたの」
「マネージャーさん。ID交換してるから」
ウェンディというバンドにあたしのおばさんは所属していて、その事務所のお世話する人とあたしは連絡先を交換してた。
みきりん、っていうのはバンドの歌い手の人の名前。
ギタリストのシズカさんと一緒にうちに遊びに来たことがある。
おばさんはそのバンドでキーボード弾いてる。
たまに曲もつくるし、詩も書く。特にバラードを。
でも、実はその詩の大半はあたしが書いていて。
おばさんはその報酬を自分名義で受け取って、あたしの口座に振り込んでる。
だからあたしは学校に行くお金も将来も安泰らしくて、いつ出て行ってもいいからね、って。
ほんとに自分の分も抜かずに言ってくれるのだった。
やだな、大人になんかならないでいいよ。行かないよ。
あなたのピアノの脚にもたれて音を聞いてたい。
だだをこねるけど、おばさんはいつも笑うだけ。
あたしの髪はいつしか長くのびて地上に届くだろうけど、きっと。
あなたはのぼってこない。
「あんまりバンドに深く関わらないでいいのよ、君は」
「稼がせておいて何言ってるのよぅ」
実際にはあたしはばっさり髪を短くしてる。
なんか、めんどくさくて。
「ねえ、おばさんさあ、あたしローディでもなんでもするからツアーについてったらだめ?」
「君はまだまだ義務教育でしょ」
髪が長いのはおばさんの方。
ねえ、おばさん、あたし知ってるよ。
あなたがみきりんのいない間に、そっとギターの人にキスをせがんだの。
あのギタリスト、よくないよ。
誰でもいんじゃん、みきりんじゃないなら。
いつまで待っていたってこないのに。
知ってる。
ほんとうは、おばさんは王子様なんかじゃない。
だから、いつか地上に届いたら。
大人になったら。
切った髪を編んで自分でそこにおりていくから。
「ねえ、あのさ」
「んー?」
鍵盤しかみていないおばさんの肩に手を置いた。
こちらを向かせて額に口付けた。
「こっち向いてよ」

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