えいな「音楽室にて」

いつの間にか下校時刻だった。
半分開いていたピアノの蓋を二人で一緒に閉じて、カバーをかけて、部屋のカーテンを閉める。
自分の荷物を纏めて帰り支度を始めた彼女の背中に、真子は言ってみた。
「先生ありがと。私のピアノ、好きって言ってくれて」
「だって、本当に素晴らしいもの。あなたの才能は」
そう言って彼女は微笑む。いかにも〝優しい音楽教師〟そのものの顔で。
真子は思わず目を反らして、下唇を噛んだ。
何故なら、彼女が本当は〝そんなんじゃない〟ことを知っているから。
「……ねえ先生、好きなのは、私のピアノだけ?」
少しの沈黙。
真子の言葉の意図を察したのだろう。やがて彼女は真子の見慣れた〝女〟の顔になる。
「ピアノだけじゃ、ないわ」
言いながら、彼女が部屋の電気を消した。辺りが一瞬で暗闇になる。
次の瞬間、甘い声が耳元で聞こえた。
「あなた自身も好きよ、まさこちゃん」
抱きしめられて、その身体の柔らかさに、真子は切ない気持ちでいっぱいになる。
真子、と書いて『まさこ』。
本名を知っている友人ですら〝マコ〟と愛称で呼ぶその名前。家族しか呼ばない名前。
それをこのひとに呼ばれると、胸の奥の自分そのものに触れられているような、甘い快感がある。
「私も、先生の歌声も大好きだけど、先生の、志穂さんのことも、好き……」
真子がそう言い終わるか終わらないかのうちに、唇が彼女のそれで塞がれた。
今日の〝先生と生徒でいる時間〟はもうおしまい。
熱いキスを何度も交わしながら、二人だけの時間に溶けていく。
お互いに身体が熱くなっていくのを感じながら、真子はぼんやりと目の前の彼女のことを考えた。
同性の教え子に手を出している教師なんて、これが知れたらきっと大変なことになる。
これだけでもかなりやばいのに、と思いながら彼女の白くて長い指に触れる。
左手の、薬指に嵌められた存在感。
それを感じる度に、真子はクラクラするような、甘い背徳感に襲われるのだった。
きっと終わりがある関係だって分かっている。
それでも、ただ、今このとき、このひとを求めていたい。
湧き上がる欲望には逆らえるわけがなかった。

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