ATライカ「花瓶」

 朝出勤すると、必ず目の端に入る花瓶がある。それは数輪の花しか挿すことが出来ない小さい物だった。目立たないので、このフロアで気にしている人は少ないと思う。
 そんな少ない人の内の私は、毎日眺める人だった。そして、花の名前を思い出し、誰が活けているのだろうかと、フロアの面々と挨拶しながら思いを馳せるのが日課だった。わざわざ詮索する気はなく、でもきっと素敵な人なんだろうと思っていた。
 ある日、私は早く出勤する機会があった。この分だとフロアで一番だろうと思っていたのだけれど、すでに人が居て、その人は私に気付かず花瓶の水を取り替えていた。
 黒髪の女の人で、あまり目立たない人だった。
「おはよう」
「おはよう!ございます……」
 私が挨拶すると彼女は驚いたようで少し大きな声をだし、その後尻すぼみに消え入るような声になっていく。そうそう、こんな人だった。
「毎日ありがとね」
 彼女の、私よりも低い頭を撫でる。すると、彼女が硬直してしまった。
「あ、ごめん、つい癖で。でも、花は本当にありがとね」
 つい妹と同じようにしてしまった。そこはちゃんと謝って、それから用事のためにデスクへ足を向ける。
「ど、どういたしまして」
 後ろからのその声に振りかえると、彼女は花瓶を手に照れた笑顔をこちらに向けていた。

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