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玉置こさめ「シンデレラ」

あたたかな春の雨の下、砂浜の上。遠い水平線が雨に泣いている。海沿いの細い車道を曲がったところでバッテリーがお手上げ。真新しいアメリカン。免許をとって、彼女を後ろに乗せて、コンサートホールに運ぶ道中に停止した。トラックもバスもこない場所。後戻りも進むこともできない。
「みきりんのライブ行かなきゃ、なのに…深夜バスにすればよかった! あなたがバイクで送るなんていうから! もお!」
濡れ羽色と比喩されていた髪を今はすっかり茶色に染めてアレンジ。憧れのガールズバンドの真似。今宵は彼女たちの宴。一晩のために待ち構えて取得したチケット。それもだめになる。そのせいで彼女は喚き散らしてる。砂をひとつかみ、私に向かって撒き散らす。バイクは一晩きりのチケットの値の十倍は超える。送る約束はしてたけど。いつでも足にしてよと、確かに言った。ごめんね、シンデレラ。モバイルフォンでタクシーを呼び出す。バイクの救援も。
「間に合うよ、大丈夫。行ってきなよ」
そう告げると視線が絡む。泣いていた。
舞踏会に行けない。王子様にも魔法使いになれず、御者であることすらできなかった無能の私を責めてる。ごめんね。けれど彼女は殊勝にもこう言った。
「駄目よ。だって買ったばかりのバイクでしょ? あなただけ置いていくなんて…あなたはみきりんに興味あるわけじゃないのに」
海岸線。灰かぶりの姫。口を開くのは私。
「あんたのわがまま叶えたいだけ。ねえ、私じゃ駄目なの?」
聞くべきじゃないのに。その涙が引っ込んで、彼女はこちらをじっと見つめた。
まだ馬車はお城にすら辿りつかず十二時にもなっていない。かぼちゃの馬車は役目を果たさず、シンデレラは今ここにいる。
雨の下、砂の上に引き止められている。欠陥のある御者のせいで。風に吹かれてあらわになった彼女の耳が、ぼんやり明るく染まった。
怒られないよう祈りながら抱き寄せた。
「悪いと思うならここにいて」
お願いだから。

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