ATライカ「本と雨、そして姉の匂い」

 雨の日が好きだ。本の香りが家に広がるから。そして、私にとってそれはお姉ちゃんの匂いだから。
 夜の小雨降る家には二人きりで、私はうず高く本が積まれるお姉ちゃんの部屋にいた。私はベッドの上で、お姉ちゃんは机で本を読んでいる。
「お姉ちゃん」
 十年と見慣れたその背中に声をかける。
「どうしたの」
 いつもの声だけの返事。そして、本から顔を上げ時計を見る。
「大学卒業したら本当に家を出ていくの?」
「言ってなかったっけ?」
 そう言いながらお姉ちゃんが本を閉じる。夜も更けている、私も本を近くの棚に置く。
「そうだ、私が出て行ったらこの部屋あげるよ」
 お姉ちゃんが振り返りながら出し抜けに言う。
「なんで、また」
 私の部屋は別にある。
「この部屋好きなんでしょ?」
 お姉ちゃんが立ち上がり伸びをする。
 私が好きなのはお姉ちゃんで、決してこの部屋ではない。
「……うん。貰うよ」
 でもそう答えた。
「今日も寝ていくでしょ」
「うん」
 私からは何も言わない。恋の初めにそう決めた。
「電気消すね。おやすみ」
 電気が消え暗闇ばかりになって、雨の音と布擦れの音。
 失恋と言うには柔らかすぎる心持ちで、下がった瞼の向こう側に姉を見る。
「おやすみ。お姉ちゃん」
 大好きな匂いだけが最後に残り、眠りに落ちる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA