村崎アオ「プランクトンと骨」

病室。モニターが描く緑線の波は、彼女の浅い呼吸と連動している。
終わりが近いのは何年も前から分かっていた。でも、それが今日来てしまうことまでは解っていなかった。
お互いに十分すぎるほど歳を取ったけど、そんなこと解りたくなかった。

 ピッ――ピッ――と狭い病室に流れる電子音。昨日までの聞きなれた間隔よりも緩やかに鳴っている。
「さえちゃん。もうしんどいわ。」充血した目で笑い、悄然とした声で奈央は言う。
握った皺だらけの手、励まそうと思っても涙がこみ上げてきて声が出ない。それに彼女は励ましなんて要らないほど十分頑張った。

 身体に管が繋がれ、手術のため歳を取っても手入れを欠かさなかった髪を剃り、それでも私のために笑おうとする彼女を、涙でにじむ視界でしっかりと見ていた。
ピッ――ピッ――と時を刻むメトロノーム。この音にかき消される程、小さな息遣い。
まだまだ伝えたい思い、話したいことが沢山あるのに… そう思えば思うほど彼女の顔は苦しそうに弱弱しく変わっていくように思った。

 「なぁ。前にこれしよって言った約束。覚えてる?」息継ぎをしながらゆっくりと伝える彼女に、声の出ない私は強く頷いて応えた。
「せんせい。これ…もう外してもええよな。」人工呼吸器を外した顔はとても綺麗で少女の頃のようだ。
マスクを取ったことを知らせるアラームが鳴ったけど、すぐに静かになった。
 
 二人の息遣いしか聴こえない病室。ナースとドクターに見守られて、私たちは最後の口づけをした。
伝えられない気持ちを唇に乗せて。

本当はたくさん「大好き」「愛してる」と言いたかった。
本当はたくさん「寂しい」「置いていかないで」と叫びたかった。
本当はたくさん「今までありがとう」と感謝したかった。

「全部伝わっとるよ。」そう微笑んで、奈央は目を閉じ、そして二度と開かなかった。

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