繁忙期の為11月中の更新はお休みさせていただきます。次回12月5日の更新となります。

むつき「甘噛みの匂い」

 暑くて死にそう。それなのに窓を閉めているのは騒音のクレームがこないようにするため。音を出す時は窓を開けてはダメ、というのが部のルールだ。
 たまらず髪を結ぶと入口の扉が開く音がした。振り返るとよく知った人が入ってくる。色白で線の細い、どこか儚げな一つ上の先輩は口端を上げ
「もう下校の時間よ」
 と言った。時計を見ると、生徒玄関が閉まるまであと十分。
「すみません」
 慌てて楽器や譜面を片付けると、待っていてくれた先輩と音楽室を出た。
「すごい汗。はい」
 差し出されたのは黒猫柄のハンカチ。
「大丈夫です」
 こんな汗だくの体を拭いたらビショビショになっちゃう、と慌てて自分のハンカチで汗を拭った。
 ハンカチを鞄にしまうと、拭いたばかりの首筋に何か冷たいものが吹き付けられる。驚いて首を縮めると先輩が
「ビックリした? でもいい匂いでしょ」
 と制汗剤のスプレー缶を手に言う。鼻にフローラルな香りが届いて、あ、と気付く。先輩の匂いだ。
「下校の時刻です。校内に……」
 五分前になると流れる放送。大音量の放送が先輩の声をかき消した。聞き取ろうと耳を寄せると、先輩はぐっと私の首に鼻を寄せて空気を吸い込む。制汗剤のせいでスーッと冷えるような感覚にゾクゾクした。
「私ね、実は吸血鬼なの」
 怖いくらいの甘い声と匂いに目眩がした途端、甘噛みされた感触がした。腰が砕けへたり込むと同時に校内放送が終わる。しん、と静まり返った廊下に、ふふっと先輩の声が響いた気がした。
 甘噛みされたところを触れると、汗か唾液かわからないヌルリとしたものが指先につく。

 いっそ、全部吸われてしまいたい。

 そう願っていることに気がついてハッとした。
「驚かせてごめんね」
 そう言って先輩は私に手を伸ばす。私は差し出された手に自分の手を重ねた。
 甘噛みの、その次を期待して。

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